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Revue.10 菊地成孔 / 南米のエリザベステイラー
Naruyoshi Kikuchi / Elizabeth Taylor en Amerique du Sud

1. ラウンジ・タイム#1 [0:57]
2. 京マチ子の夜 [8:34]
3. The Look of Love [5:24]
4. ホルヘ・ルイス・ボルヘス [5:31]
5. パリのエリザベス・テイラー (存在しない) [11:08]
6. 南米のエリザベス・テイラー [6:24]
7. ラウンジタイム#2 [1:06]
8. ラウンジタイム#3 [1:32]
9. コルコヴァード [5:59]
10. ルペ・ベレスの葬儀 [7:59]
11. クレイジー・ヒー・コールズ・ミー [4:34]
12. 南米のエリザベス・テイラーの歌 [2:35]

「南米のエリザベス・テイラーというのは、象徴であり、具体、存在したかもしれない女優の悲劇という妄想であると同時に、各々無関係なBPMで演奏されるラテン・リズム・フィギュアの事。」― 菊地成孔

菊地成孔:sax, vo
菊地雅晃:b
坪口昌恭:p
藤井信雄:ds
南博:p
大友良英:g
大儀見元:perc
ウィリアム・サバティ:bandoneon
野口千代光:vln
花田和加子:vln
甲斐史子:viola
三宅進:cello
木村茉莉:harp
内田也哉子:voice
キャスパー・トランバーグ:cornet
カヒミ・カリィ:vo
水谷浩章:b
中島伸行:strings arrangement

遂に10枚目のレビューになりました。
アマチュアによる、ともすれば侮辱になりかねないレビューですが、続けていこうと思います。

今回のアルバムは菊地成孔名義のアルバムとしては2枚目の“南米のエリザベステイラー”。
ラテンミュージック、エキゾチックジャズ、タンゴ、映画音楽、それら全ての言葉が与えるイメージを持っていただいて構わない。
これは菊地成孔がブエノスアイレスへの旅を通しての妄想としての「南米のエリザベス・テイラー」、そして「官能と憂鬱」をコンセプトに日本、パリで収録したアルバム。(エリザベス・テイラーは実在する伝説的なハリウッド女優であるが、南米には存在しない。)
ブエノスアイレスの音楽といえばアルゼンチン・タンゴであり、その存在は非常に大きい。
フランスもドイツと同様にタンゴが盛んであり、今回の二つの舞台、パリとブエノスアイレスはタンゴ、そしてバンドネオンで結ばれている。

アルバムを通しての編成は上記の通りであるが、このアルバムをもとに生まれたのが「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」で、このバンドにより作品がいつくか発表されている。

1. ラウンジ・タイム#1 [0:57]
1分にも満たない曲というのも憚れる作品だが、タイトルはラウンジ、つまり待合室での時間といった意味。
要は曲間の休憩におけるもので、菊地成孔のアルバムには多く現れ、曲間に入れられる1分程度の楽曲。
ラウンジ・ミュージックとは関係がない。
ベース、ドラム、ハープのリズムセクションとストリングカルテットによる演奏である。
定まった露骨な旋律はなく、バイオリンが最も高音域の単音楽器としてよく聴こえるが、即興音楽とはまた別もの。

しかし、曲間に入れるものがなぜ、1曲目に使われるのかという疑問はあるだろうが2曲目を聴いたら分る。

2. 京マチ子の夜 [8:34]
Sax,Pf,Bs,Perc,Bdn,Hp,Strings-Quartet 編成の官能的で儚くも美しいラテン・タンゴ・ジャズ。
この曲が紛れもなくこのアルバムの中でも群を抜いて輝く傑作中の傑作でアルバムの価値を大いに高めている。
イントロのピアノの静かでかつ芯のある刻みの(単調でない)クレッシェンドが強い力でタンゴのリズムを形作る。
そして主題、こんなにも官能的で危険で儚い、憂鬱なメロディーを今まで聴いたことはなかった。(クリシェ進行の効果らしい。)
何よりサックス、バンドネオン、ベースのユニゾンが至上で、掛け合いのように入る南博のピアノが時を止めるように緊張感を与える。
主題の後はサックスソロ1→主題→サックスソロ2→ピアノ→バンドネオン→主題回帰→フェードアウト
ユニゾンメロディーの後からストリングスとパーカッションが入るのだが、ストリングは目立たず、響きを増すのみで、またパーカッションがラテンのミュージックのリズムを作る、ドラム+パーカッションではなく、リズムはパーカッションのみ。
これによってリズムは完全にバックに回ることで曲を通して儚さが増す効果。全ての楽器が曲の印象を際立たせ、邪魔をしない。
菊地成孔のサックスソロは決して吹き込まないず露骨な旋律を吹かない、南博も一貫して静かなピアノソロ、これによって次のバンドネオンソロが一層際立つ。この情熱的なバンドネオンソロによって曲はピークを迎えることにより、主題回帰に綺麗に繋がり、サックスをメインにしたピアノ、ハープ、バンドネオンとの掛け合いの中フェードアウトする。
おそらく曲を終わらすことは可能であっただろうがあくまで不断のセッションという意味合いだろうか、フェードアウトにより高貴な存在となり逃げられたような感覚を味わわされる。
この曲は本人いわく「いい日旅立ち」の旋律を効果的にしているらしく、確かに言われてみればこの儚さに通じるところがある。

そしてこの曲のジャンルは本人も悩むところがある。そもそもタンゴとジャズは相いれない。
タンゴは1、3拍目が強拍でそれがジャズは2、4拍目であるからだ。
この曲では2、4拍目に強拍があるが、バンドネオンのサウンドやラテン楽器のサウンドが主張しているため難しい。
ジャンルなど何でもいいと思うかもしれないが、しかしジャンルがあるからこそ、融合する考えが生まれる、そしてこうした音楽が生まれるのである。

またこの曲にはR-18のミュージックビデオがあり、不感症のストリッパーが主人公となっている。こちらも合わせて楽しんで頂きたい。

3. The Look of Love [5:24]
3曲目はカヴァー曲でアメリカの音楽家として映画音楽を中心に“Raindrops Keep Fallin' on My Head”等、数多くの名曲を生みだしたバート・バカラックの作品。
1967年の映画「Casino Royale」で挿入歌として使用されたことでも非常に有名な曲で、多くのアーティストにカバーされたアレンジが世にあり、日本人のものも多い。
菊地成孔による今回のアレンジも原曲に忠実で、バカラックミュージックと呼ばれる、ジャズを基調としたボサノヴァをギターを表に出したアレンジできちんと残している。
ヴォーカルは、菊地成孔とカヒミ・カリィによる。カヒミ・カリィは日本人のシンガーで、その美しいウィスパーヴォイスが特徴的である。二人の歌唱法も歌声も似ていてカヴァーとは思えない完成度である。
といっても原曲よりもテンポは遅めで、ブラスは一切なしのバンド+ストリングスで落ち着いた大人な仕上がりになっている。

4. ホルヘ・ルイス・ボルヘス [5:31]
いきなり聴く人はびっくりするだろうが、この曲は前半はキャッチ22システム(テンポ、キー指定なし、個々の楽器の即興の重ねどり。詳しくはcure jazzのレビュー参照)が半分、後半はずっと同じリズムの元、バンドネオン、ベース、ハープによる即興アドリブの楽曲。
仕上がりは一貫して恐ろしく混沌で、後半の一定のリズムは菊地成孔によるピアノ。
タイトルのホルヘ・ルイス・ボルヘスはアルゼンチン出身の作家でその博識が作りだす幻想的な世界で有名である。
3曲目になぜその曲をカヴァーしたのか分らないのと同様になぜこのタイトルをつけたのかは私の知識では及ばない。

5. パリのエリザベス・テイラー (存在しない) [11:08]
非常に長い曲だが、特殊な編成のバンドの完全即興に内田也哉子のフランス語のポエトリーリーディング(朗読)を重ねたもの。
アルバムのブックレットにはこの朗読の内容が全て収録されているが、内容は菊地成孔がアルバムに寄せたテキストのフランス語訳である。
曲解説は非常に難しいので割愛するが、なかなか難解である。朗読のバックだけを聴いてもドラムとベース、ピアノ、ハープの伴奏の上にコルネットであったり、バンドネオンであったり、サックスが重なるので楽しい。
ぺぺのライヴでも頻繁披露されている曲で、アルバムのなかでも重要な位置にある。
タイトル「パリのエリザベステイラー」の意を知りたければそのブックレットを参照していただきたい。難解だが面白い。
ちなみに内田也哉子は樹希希林と内田裕也の子で女優。

6. 南米のエリザベス・テイラー [6:24]
強烈なベースソロで始まるこの曲が表題曲。
パーカッション、ベース、ハープの上で、サックス、ピアノ、コルネットが即興を披露する無調の曲になっている。
5.と曲の作り方は同じであり、ポエトリーリーディングがあるかないかが大きな違いであるが、その真意はやはり難しい。最後はフェードアウトであるため、終わりがないセッションの一部抜粋と考えられる。
ここで1部終了。

7. ラウンジタイム#2 [1:06]
8. ラウンジタイム#3 [1:32]

二曲とも、サックス、ギター、トライアングルのトリオ。
1.ラウンジタイム♯1と同じく曲間の休憩のための曲で前半と後半をつなぐ意味がある。
ともにギター伴奏、トライアングルリズムでサックスがメインの即興をする仕様で、5,6よりはシンプルで聴きやすい。
2曲続けるのは、後半と一線を画すためか。

9. コルコヴァード [5:59]
ブラジルの名音楽家、アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲、コルコヴァードのカヴァー。
オリジナルはボサノヴァの歌だがサックス、ピアノ、ドラム、ベースのカルテットで編曲されている。
メロディーは全て菊地成孔によるサックスで、エコーが強くかかっていて、深い響きのように聞こえる。
所々効果的に曲が途切れていてまるで古いテープを聴いているようで、旋律はそのものだが、編成的にも編曲としてもあまりコルコヴァードを意識させない作りになっている。

10. ルペ・ベレスの葬儀 [7:59]
後半の中でも強い印象を与えるのがこの曲で、構成的にも編成的にも前半での2.京マチ子の夜の位置に近く、曲調もマイナーキーで、編成も全く同じである。
ピアノ刻みとストリングスの伸ばしからのアルペジオのピッチカートのイントロからの主題は2.と同様にサックス、バンドネオン、ベースのユニゾンであり、2.よりもさらに緊迫したメロディーがさらに差し迫るこの恐怖を、そしてそこからの逃亡を想起させる。

注目すべきはベースとサックス、バンドネオンにの順番で彼らのみに与えられたソロだろう。
菊地成孔のサックスもこのアルバムではもっとも吹き込んでいて音も荒れていて攻撃的である。
主題に回帰したときのユニゾンがめちゃめちゃカッコいい。
最後の盛り上がりも素晴らしい。こちらもフェードアウトかと思いきやユニゾンで終わる。
2.と合わせて楽しんで頂きたい。

※ルぺ・ベレスはメキシコ出身のハリウッド女優。

11. クレイジー・ヒー・コールズ・ミー [4:34]
こちらもカヴァーで前半がジョビンなら、後半は米国の女性ジャズシンガーとしてはあまりにも有名なビリー・ホリデイのナンバーから「Crazy he calls me」、ここにきてジャズのスタンダードナンバーを持ってきてシンプルなジャズが流れる。
あなたが望むなら山だって動かしてみせるそんなことを言う女に男は狂ってると言う。それがCrazy, he calls me。美しい歌詞じゃないですか。
歌詞は切ないながらもメジャーキーで明るいラブソング。
原曲はビリー・ホリデイとクラリネットの掛け合いが美しいがそれが成孔のサックスにアレンジされている。

ビリー・ホリデイは情緒豊かな力強いとは言わないまでも芯のある歌声が特徴的だが、このアルバムで歌うカヒミ・カリィは官能的で美しくも儚いウィスパーボイスが魅力。
原曲に忠実だがコルネットソロ(非常に良い)、や後半部は菊地成孔とのハーモニーで歌われ、少し長め。
歌が素晴らしいが、聞き流さずにベース、ピアノも楽しめるとても完成度の高い作品。

12. 南米のエリザベス・テイラーの歌 [2:35]
最後の曲は菊地成孔作詞作曲で本人が歌うオリジナルナンバー。
伴奏はアコースティックギターのみで、菊地成孔の声を十分に楽しめる曲。
歌詞も含めて怪しげな雰囲気漂う不思議な曲だが、歌詞の内容はこのアルバムの本質をうまく表している。
後半はサックスのアドリブが始まり、フェードアウトのまま終わる。
アルバムの構成には欠かせない曲だが、エンドロールとしての意味合いがあるのだろう。

アルバム全体を通して評すると、テーマが編成という面でも一貫性があるのに全く聴き飽きないアルバムになっている。
ここまで無駄がないアルバムはめずらしい。前半は即興やキャッチ22など慣れない人には難解だが、そんな人は2.3.だけでも十分だし後半は全て楽しめるだろう。

最後にアルバムの意だが、このアルバムはハリウッド女優、エリザベス・テイラーの存在が世界中の国にエリザベス・テイラーを生んだと現象の考察であった、というわけである。